大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)538号 判決

控訴人 中島顕誠

承継人 中島トミ 外二名

被控訴人 国 外一名

国代理人 栗本義之助 外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人等が当審において拡張した三重県知事の登記嘱託無効確認の請求を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人等は第一審判決を取消す本件を津地方裁判所へ差戻すとの判決若しその差戻なきときは各被控訴人は

一、控訴人等の所有に係る左記農地に関し三重県知事発行買収令書に依る左記政府の買収竝びに同知事発行売渡通知書に依る左記政府売渡の無効なることを確認すべし。

第一物件(別紙第一号物件表の通り)

(1)買収計画 三重県阿山郡島ヶ島村農地委員会第一回

(2)買収令書 昭和二十二年三月三十日付発行

(3)売渡計画 同委員会第一回

(4)売渡通知書 同年同月三十一日付発行

第二物件(別紙第二号物件表の通り)

(1)買収計画 同委員会第七回

(2)買収令書 昭和二十三年七月一日付発行

(3)売渡計画 同委員会第六回

(4)売渡通知書 同年七月二日付発行

二、各被控訴人は前項の各買収に基く三重県知事の嘱託及び該嘱託に因る農林省名義の各所有権取得登記並びに前項の各売渡に基く同知事嘱託及び該嘱託に因る農林省より買受人への各所有権移転登記の無効を確認すべし且つ被控訴人三重県知事は以上各登記の抹消手続をなすべし

三、各訴訟費用は各被控訴人の負担とする

との判決(但し上記三重県知事の各登記嘱託無効確認を求むる訴は当審において新に附加拡張されたもの)を求め各被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに立証(各相手の書証の認否、援用を含む)については

控訴人等において

原審は控訴人等先代中島顕誠が被控訴人国外三名を相手方として提訴した津地方裁判所上野支部昭和二四年(ワ)第三六号土地所有権確認請求事件の控訴審において請求の趣旨を拡張して本件各土地に関する政府買収並に売渡の無効確認を求めたが、名古屋高等裁判所(同庁昭和二六年(ネ)第一〇八号事件)は控訴を棄却し目下上告中であるが故に被控訴人国との関係においては本訴は二重訴訟であるから民事訴訟法第二三一条により却下する旨判示する。

然れども甲第二号証、乙第一号証の判決によつて明らかな通り前訴(津地方裁判所上野支部昭和二四年(ワ)第三六号、名古屋高等裁判所昭和二六年(ネ)第一〇八号)は係争農地に関する所有権を現有することを請求原因として被控訴人国に対し所有権の確認を求め又売渡を受けた相被告三名に対しては各土地の明渡を求めるものである則ち請求の基礎は所有権の保護を求むるものなること一、二審を通じて変らず唯控訴審において係争地についての買収並に売渡の無効確認を被控訴人国に対し附加したるもこの点は夙に一審において主張しており単に所有権現存理由を判決主文を以て明認を求めたるに外ならずこの確認の申立あつたことにより右前訴が所有権確認の訴の外に公法関係不存在に関する行政訴訟を新に併合したものではない。この事は右確認は前述の通り所有権の現存についての先決的判定を求める趣旨に徴し明かである。要之民事訴訟法第二三一条の禁止する二重訴訟なりや否やは各訴の請求の基礎の同一なりや否やにより決すべき筋合であるから如上係争事例は同法条の適用を受けないものである原審が前訴の訴訟物(訴状、控訴状の貼布の印紙額参照)について審判を欠く結果如上の誤判に陥つたものである。

次に原審は被控訴人三重県知事に対する訴を以て権利保護の実益なしとして棄却したが、国に対する訴を却下しながら行政事件特例法第十二条を云為することは論旨矛盾なり。

又原審は登記の無効確認の請求につき訴却下又は請求棄却の理由として縷々判示するも政府の買収並に売渡についての登記嘱託の公法上の性質並にその抹消義務者については特別登記令が制定されている以上民事取引に基く登記の無効確認乃至抹消責任に関する法理をこの特別登記に当てはめんとするはまさに法令違反である。尚前訴の控訴審たる名古屋高等裁判所において控訴人敗訴の判決を受けこれに対する上告が昭和三十一年五月一日棄却されその判決が確定したことは認める。

被控訴人等において

控訴人先代中島顕誠は前訴において本件物件に対する三重県阿山郡島ヶ原村農地委員会の買収並に売渡計画に基く国の買収並に売渡無効なることの確認を求め敗訴の判決を受けこれに対し上告したが昭和三十一年五月一日右上告棄却の判決あり本件土地に対する政府の買収並に売渡は共に有効なること確定し裁判所は爾後その既判力に拘束せられこれと異なる事実認定不能となつたものであり控訴人の請求はすべて権利保護の要件を欠くものである。

控訴人等は前訴において土地所有権確認を求めたものでありその控訴審において買収竝に売渡の無効確認を附加したが右は請求の基礎を変更したものではなく所有権現存の理由を判決主文において明認を求めたにすぎず訴訟物が土地所有権たることに変りはなく、従つてそのことをもつて公法上の権利関係に関する行政訴訟を併合したものでなく依然私法上の権利関係に関する民事訴訟である。而して本訴は買収竝に売渡の無効宣言を求める公法上の権利関係に関する行政訴訟であるから前訴とは全く別個の訴訟であると強弁するが、前訴は行政処分無効を前提とする所有権確認の訴であつて所有権確認の形式ではあるがその原因はまさに買収竝に売渡なる行政処分の無効を理由としているから公法上の権利関係に関する行政訴訟たること明かであり況や前訴の控訴審において請求を拡張して買収並に売渡の行政処分の無効確認を附加した以上行政訴訟なること一点の疑がない(田中二郎行政法上巻三四〇頁、三五一頁参照)従つて前訴と本訴とは同一の買収竝に売渡の無効確認を求めるものというべく前訴における控訴人敗訴の判決の既判力は当然本訴に及ぶものである。

仮に然らずとするも前訴の確定判決により本件農地の所有権が控訴人等に存しないことが確定しその確定判決の既判力により控訴人等は国に対し本件土地の所有権者なることを主張し得ない以上本訴において更に本件土地の買収並に売渡等の行政処分の無効確認を求める法律上の利益はないものというべきである。

と各述べ、尚当裁判所が控訴人等の申立により前訴(津地方裁判所上野支部昭和二四年(ワ)第三六号、名古屋高等裁判所昭和二六年(ネ)第一〇八号、最高裁判所昭和二八年(オ)第一〇〇七号)の記録取寄をなした外原判決摘示と同一であるから茲にこれを引用する。

理由

先ず被控訴人国に対する本件土地の買収竝に売渡無効確認の請求について審査を遂ぐるに、取寄に係る所謂前訴の記録(津地方裁判所上野支部昭和二四年(ワ)第三六号、名古屋高等裁判所昭和二六年(ネ)第一〇八号、最高裁判所昭和二八年(オ)第(一〇〇七号)によれば控訴人等先代中島顕誠は昭和二十四年十月三日国、増森武雄、高柳兼雄、田増菊松を相手方として津地方裁判所上野支部へ本件土地が右中島顕誠の所有なることの確認及び右増森武雄外二名に対してはその関係被売渡土地の明渡を訴求したが同二十六年二月二十一日「原告の請求を棄却する」との敗訴の判決の言渡を受け同年四月三日右判決に対し名古屋高等裁判所へ控訴申立をした上国に対する関係において原審の請求の趣旨の外本件土地につき三重県阿山郡島ヶ原村農地委員会の買収計画並に売渡計画に基く政府の買収竝に政府売渡の無効確認の請求を附加拡張したこと而して右控訴審において原審以来の本件土地所有権確認の請求及び新に附加拡張された政府の本件土地買収竝に売渡無効確認の請求について審理がなされ同二十八年八月十一日「本件控訴を棄却する」との控訴人敗訴の判決言渡があつたので右中島顕誠は更に同年九月十八日右第二審判決に対し上告申立をし最高裁判所の審理の結果同三十一年五月一日「本件上告を棄却する」との判決言渡があり該判決は確定したことが認められるところ前示控訴審の「本件控訴を棄却する」との主文は国に対する関係において右中島顕誠の本件土地所有権確認の請求のみに対する判断に止り右控訴審において新に附加拡張した本件土地の買収竝に売却の無効確認の請求に対する判断を包含していないものと解すべきであるから(昭和三十一年十二月二十日言渡最高裁判所昭和二五年(オ)第一二八号事件最高裁民事判例集十巻十二号一五七三頁及び昭和三十二年二月二十八日言渡最高裁判所昭和二九年(オ)第四四四号事件最高裁民事判例集十一巻二号三七四頁参照)右控訴判決に対する上告棄却の判決が確定しても国に対する本件土地の買収並に売渡の無効確認の請求はその後においても判決せられた形迹がないから依然として右控訴審たる名古屋高等裁判所に係属しているものとなさざるを得ないのである。

そこで右係属中の請求と本訴中国に対する本件土地買収並に売渡無効確認の請求とを比較検討するに、先ず当事者は国対中島顕誠(昭和三十年三月十六日死亡により控訴人等において承継)でありその関係土地は同一の土地であり且つその買収竝に売渡を表示するについて前訴は「三重県島ヶ原村農地委員会の買収計画に基く」本件土地の政府の買収並に売渡とし本訴は本件土地に関し「三重県知事発行の買収令書による」政府の買収、「三重県知事発行の売渡通知書による」政府の売渡としその表示につき若干の相違はあるが結局両訴はいずれも自作農創設特別措置法に基き本件土地について三重県島ヶ原村農地委員会の樹立した買収計画、売渡計画に基いて同県知事が買収令書、売渡通知書を発行してなした国の買収並に売渡処分の無効確認を求めることにおいて一致し全く同一の請求と認められるので本訴中国に対する本件土地の買収並に売渡無効確認の請求は所謂二重訴訟として民事訴訟法第二三一条によつて許されないものとなさねばならない。被控訴人等はこの点につき国の本件土地買収竝に売渡無効確認の請求について既判力を生じていると抗争するが前示控訴審の判決主文が本件土地の買収並に売渡無効確認の請求に対する判断を包含せぬ以上その抗弁は前提を欠き採用し得ないし又控訴人等は前訴における一、二審を通して控訴人等先代中島顕誠の請求は本件土地の所有権保護を求めていることに変りなく控訴審において国に対し本件土地の買収竝に売渡無効確認の請求を附加したのは単に本件土地の所有権現存理由を判決主文を以て明認を求めたにすぎず従つて前訴が本件土地の所有権確認の外に新に公法関係不存在の行政訴訟を併合したものでないから本訴の土地買収並に売渡無効確認の請求は二重訴訟とならないと主張するが当事者の主観的意図如何に拘らず前訴の控訴審において国に対し本件土地所有権確認の請求に附加してその先決的関係にある国の本件土地の買収並に売渡無効確認の請求をその主文において判断を求めた以上これをもつて単に従来の土地所有権確認の請求を維持するための攻撃防禦方法の提出と同視し得ないのであつて従前の国を相手とする本件土地所有権確認の訴の外に新に国を相手とする本件土地の買収竝に売渡無効確認の訴を提起併合したものと解すべきは明かなことであり従つて控訴人等のこの点の主張も排斥せられるべぎである。

次に被控訴人三重県知事に対する本件土地の買収並に売渡無効確認の請求について按ずるに凡そ県知事が自作農創設特別措置法によつて農地の買収竝に売渡処分をするのは国の機関としてこれをなすものであるから国に対して農地の買収竝に売渡無効確認の請求をなすと共に併せて当該県知事に対して同一の理由により同一の請求をすることは実質的には二重の訴訟となり同一の訴訟につき判決を二回受くると異ならず特段の事由があればともかく県知事に対する請求は法律上の利益がないものというべきである。而して右の場合国を相手とする場合と県知事とする場合とで理論上異る結果となり得ない関係であり、控訴人等の国に対する訴が排斥されているのに県知事に対する訴を利益なしとして排斥したのは理由に矛盾があるとするのは国を相手とする場合と県知事を相手にする場合とでその結果が理論上異りうるということを前提とするものであり到底採用し得ない。更に控訴人等は当審において新に三重県知事の農林省名義による各所有権取得登記の嘱託及び同知事の農林省から土地買受人に対する各所有権移転登記の嘱託の夫々無効確認の請求を附加したのであるが、被控訴人国との関係においては同知事の右登記嘱託は同知事が国の機関として登記官庁に対し内部的に農地買収並に売渡処分による登記を嘱託する行為であつてそれ自体直接控訴人等に影響を及ぼすものでなぐ斯る行為に対する無効確認の請求は利益のないものというべく又被控訴人三重県知事に対する関係においては本件土地の買収並に売渡無効確認の請求について説示したと同様の理由により訴求の利益のないものであり結局右の請求も棄却を免れ得ない。

又控訴人等の被控訴人等に対する本件土地の農林省名義の各所有権取得登記無効確認及び農林省から買受人に対する各所有権移転登記無効確認の各請求並びに被控訴人三重県知事に対する登記抹消の各請求を排斥する理由は原判決の説示と同様であるから茲にこれを引用する。而して控訴人等は右各登記は特別登記令に基き従つてその登記の有効無効、抹消の法理は不動産登記法の法理により得ないものと反論するが、農地買収竝に売渡処分に附随する登記手続についての特別法令は単に買収竝に売渡処分に関する登記について登記簿登載に関して官庁内部間の取扱を規定するに止まりその登記に関して不動産登記法及びその一連の法規を排除して別系統の法則を樹立したものでなくその登記の効力はあくまで不動産登記法及びその一連の法規の法理によつて処理せらるべきものと解せられるから控訴人等のこの点の主張も亦採用し得ないものである。

依て結局本件控訴は理由なく又当審において新に附加拡張した三重県知事の登記嘱託無効確認の請求は失当なものとしてこれを棄却すべきものと認め民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に則つて主交のとおり判決する。

(裁判官 山田市平 県宏 小沢三郎)

第一、第二物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例